SIRETOKO EYES





大瀬初三郎さん、73歳。小柄ながらがっちりした筋骨、潮風に刻まれた年輪を感じさせる風貌の彼は、知床半島のサケ定置網漁師。断崖絶壁に縁取られる知床の海岸の所々には、「番屋」と呼ばれる漁師たちの作業場があります。春から秋、漁師たちはそこに寝泊りしながら漁を営みます。大瀬さんは、その一つ、通称「19号番屋」の責任者。近くにはサケマスが遡る川が3本集中しています。海の恵はサケマスと川を通じて陸にもたらされ、シマフクロウやオジロワシはもちろん、40頭をこえるヒグマが姿を見せます。ある時、番屋前に座って大瀬さんと世間話をしていたら、2時間ほどの間に入れ替わり立ち代り18頭ものヒグマが出てきたほどです。
大瀬さんたちは、驚異的なヒグマとの共存を実現しています。人々は黙々と網の繕い仕事、すぐ背後ではヒグマが呑気に餌を食むといった光景が普通にみられます。お互いに無視しあって、まるで空気のような存在になっているのです。かつて、大瀬さんは怖い存在でした。番屋からヒグマが見えようものなら「事故でも起こったらどうする。早く獲ってしまってくれ」と何度も怒鳴り込まれたものです。その後、大瀬さんたちは、ヒグマが人の食物の味をしめて悪さをしないようにゴミや食糧の管理を厳格にして、よけいな干渉をしなければ、問題は起きないことを自ら学んでいったのです。
ヒグマたちは番屋の敷地内にはめったに入ってきません。まるで見えない境界線が引かれているかのようです。たまに入ってこようとするものがいると、大瀬さんが飛んで行って、えらい剣幕でどやしつけます。するとヒグマたちは「あっ、すみません」というような表情を見せてすごすごと退散します。ここでは干し魚はクマよけの電気牧柵で囲って作られています。人の世界との境界をヒグマに常に意識させる努力が行なわれているのです。
今、大瀬さんたちの経験は、他の番屋の漁師たちにもゆっくりと伝わりつつあります。豊穣の自然に支えられて人が暮らしヒグマも生きる知床。そんな夢のような世界がここにはあります。

  (財)知床財団  統括研究員・事務局長 山中正実
ttp://www.shiretoko.or.jp/


知床財団

知床の自然環境を調査・研究している知床財団が、「知床キムンカイ・プロジェクト(仮称)」を始動させます。ヒグマをはじめ野生動物の高密度生息地である知床は、世界自然遺産の登録による観光客増加から、人間との接近事故が心配されています。プロジェクトは問題解決へ向け、北海道内の専門家らがチームを結成し、2006年度から3年計画にて実施。GPS(全地球測位システム)にて、ヒグマの行動追跡ほか、体毛を採取してDNAを分析し、親から独立したクマがどのように移動しているかなども調査します。AIR DOは、ヒグマとヒトが共に生きる道を探る、安心して暮らせる知床を目指して、この活動を応援していきます。

 
 
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