春はまだ浅きシリエトク




ヒグマは、意外だと思われるでしょうが、とても順応性の高い動物です。彼らは変わり得るのです。
20年ほど前まで、知床といえどもヒグマを見ることはたいへん難しかったものです。当時、私たちはヒグマを観察しようと、知床の奥地に分け入っていましたが、たくさんのヒグマが生息していることを示す痕跡はあっても、なかなか姿を見ることはできませんでした。運よく見つけても、一目散に逃
げていく後ろ姿をちらり、ということが多かったのです。
ところが今はどうでしょう。たくさんの観光バスが行きかう道路沿いでも、ヒグマたちがのんびりと好物の草を食はんでいるということが日常茶飯事です。奥地の川では、たくさんのヒグマたちが入れ代わり立ち代わり現れて、サケ獲りにいそしんでいます。すぐ川岸で人が見ていても、完全に無視されてしまいます。そこでは、最も神経質で子を守るために攻撃的になると言われる親子連れでさえ、母グマが人前でごろりと仰向けになって授乳するほどです。厳格な保護の結果、野生動物の観察が容易で、世界中の人々がクマを見ようと集まってくる北米の一流国立公園とほとんど同じ状態が、知床でも実現しているのです。
知床国立公園の中には定住者は少なく、点在する漁業番屋が人間の主な活動の場です。今では、多くの漁業者が、ゴミに餌付いてヒグマが悪さをしないように気を配ったり、刺激をしないように気をつけ、互いの存在を無視しあうかのように共存しています。これは知床の人々の理解と保護の進展の成果といえます。
けれど、ヒグマたちには公園の境界はわかりません。公園の外のたくさんの人々が生活する市街地にもしばしばやってきてしまいます。彼らは人を見ればいつも襲いかかってくるような獰猛(どうもう)な動物ではありませんが、至近距離で突然出合って驚かせたりすれば、身を守ろうと突発的な攻撃に出ることがあります。住宅地の中や子供たちの通学路でうろうろされては、市民は気が気ではありません。
北米の国立公園に隣接する地域でも、クマと人間生活の軋轢(あつれき)が問題になっています。抱える課題のほうも世界レベルとなった知床。変わりゆくヒグマたちとどのように折り合いをつければ良いのか。解決の糸口を模索する取り組みが今も続いています。

春早い時期から活動をはじめる単独のオスグマ。ヘリコプターからの写真
知床岬を望む。急峻な海岸は知床の代表的な景観。


  (財)知床財団 統括研究員・事務局長 山中正実
http://www.shiretoko.or.jp/


知床の自然環境を調査・研究している知床財団が、「知床キムンカイ・プロジェクト(仮称)」を始動させます。ヒグマをはじめ野生動物の高密度生息地である知床は、世界自然遺産の登録による観光客増加から、人間との接近事故が心配されています。プロジェクトは問題解決へ向け、北海道内の専門家らがチームを結成し、2006年度から3年計画にて実施。GPS(全地球測位システム)にて、ヒグマの行動追跡ほか、体毛を採取してDNAを分析し、親から独立したクマがどのように移動しているかなども調査します。AIR DOは、ヒグマとヒトが共に生きる道を探る、安心して暮らせる知床を目指して、この活動を応援していきます。

 
 
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